「まずは、自己紹介からいたしましょう」
円卓の一番奥に座る人物が立ち上がった。白いスーツに白いマスク。声から判断すると、先ほどの女性だろう。
「私たちは、それぞれアルファベットの記号で呼び合っています。私はA。あなたは今日からGになります」
続いて、時計回りに自己紹介が始まった。
「B」と名乗ったのは、黒いスーツの男性。低く落ち着いた声音。
「C」灰色のジャケットの女性。年齢は若そうだ。
「D」紺のスーツ。体格のいい男性。
「E」茶色のワンピース。おそらく中年の女性。
「F」グレーのスーツ。背の高い男性。
そして最後に私。七人目の椅子に座る。
「G…ですね」
自分の声が震えているのが分かった。
「緊張する必要はありません」Aが優しく言う。「あなたは慎重に選ばれました。この場所にいるべき人物です」
テーブルの中央に、一枚の写真が置かれた。それは…私のオフィスの写真だった。デスクで仕事をする私の姿が、誰かに盗撮されたように写っている。
「三ヶ月前から、あなたを観察させていただきました」
Bが写真を指さす。「日々の業務、休日の過ごし方、人との関わり方。すべてを見させていただきました」
背筋が凍る。この三ヶ月、私は監視されていたのか。
「恐れる必要はありません」今度はCが話し始めた。「私たちは、あなたの特別な才能に注目したのです」
「特別な…才能?」
「はい」Aが立ち上がり、壁に何かを投影し始めた。「これは、三ヶ月前のあなたのプロジェクトデータです」
画面には、私が担当していた新規システムの設計書が映し出されていた。
「このプロジェクトで、あなたは重大な不正を発見しました」
私は息を呑んだ。確かに、そのプロジェクトでは取引先の不正な資金流用を見つけ出していた。しかし、上層部に報告する前に取引先が突然プロジェクトを中止。うやむやになったはずだった。
「そして、その証拠を密かに保管している」
Dが私を見つめる。「違いますか?」
答えられない。USBメモリに保存した証拠データのことは、誰にも話していないはずだった。
「村上さん」Aが私の正面に立つ。「私たちA会は、そのような”埋もれた真実”を扱う組織です」
会場の照明が少し暗くなる。
「政界、財界、あらゆる場所で隠された不正や犯罪。それらを暴き、正すのが私たちの使命です」
「なぜ、私が…」
「あなたには”真実を見抜く目”がある」Eが説明を続ける。「そして何より、強い正義感を持ちながら、慎重に行動できる」
「私たちには、あなたのような人物が必要なのです」Fが付け加えた。
Aが私の前に一枚の紙を置く。
「これが、私たちの活動の詳細です。ご覧になってください」
紙に目を通す。そこには信じられないような内容が記されていた。この国の重大な機密。権力者たちの裏の顔。そして、それらに切り込むA会の活動記録。
「もちろん、断ることもできます」
Aの声が響く。
「しかし、一度この部屋を出てしまえば、二度とA会との接点はなくなります。そして、この会の存在も、今夜の出来事も、すべて忘れていただくことになります」
私は深く息を吸った。人生を変える選択を迫られている。平凡な日常を続けるか、それとも…
(続く)