「お返事はいかがですか?」
Aの声が、静かな空間に響く。他のメンバーたちは、まるで彫像のように動かない。
私は目の前の資料をもう一度見つめた。そこには、A会の過去の活動実績が記されている。政治家の贈収賄を暴いた「R作戦」。大手企業の脱税を明らかにした「M計画」。すべて新聞の一面を飾った大スキャンダルだ。
しかし、報道では決して触れられていない真実がそこにあった。これらの不正を明るみに出したのは、すべてA会の活動だったのだ。
「質問があります」
私は勇気を振り絞って口を開いた。
「なぜ、表に出ないのですか?これだけの功績があるのに」
「それこそが、私たちの存在意義です」
Bが答える。
「表に出ることは、すなわち標的になること。私たちは影から真実を明らかにする。それが最も効果的な方法なのです」
「でも、危険も伴うはずです」
「その通り」Cが頷く。「だからこそ、私たちは徹底的な準備と計画を立てる。そして、何より信頼できる仲間が必要なのです」
円卓の上に、新しい書類が置かれた。
「来月、大手製薬会社による重大な違法行為が明らかになります」
Dが説明を始める。
「彼らは、副作用の報告を隠蔽し、危険な薬を市場に流し続けている。すでに被害者も出ている」
「その証拠を集めるために」Eが続ける。「システムに精通した人物が必要なのです」
私は息を飲んだ。製薬会社のシステムに潜入し、証拠を集める。それは明らかに違法行為だ。
「迷っているようですね」
Aが私の表情を読み取ったように言う。
「確かに、私たちの行為は時として法に触れることもある。でも、考えてみてください。法を守るべき人々が、その法を悪用しているとき、私たちに何ができるのか」
「より大きな正義のために」Fが静かに言葉を添える。
私は自分のデスクに残したUSBメモリのことを思い出していた。あの時、不正を見つけても声を上げられなかった後悔。もし、あの時、力になってくれる存在があったなら。
「決断の時間です」
Aが立ち上がる。
「これを受け取れば、あなたは正式にA会のメンバーとなります。断れば、すべてなかったことになる」
白い手袋をはめた手が、私に向かって伸びる。そこには黒いマスクが。
時計の針が、午後8時を指していた。
決断の時が来た。平凡なシステムエンジニアの私が、この瞬間から人生を大きく変えようとしている。正しいことなのか、それとも過ちなのか。
しかし、この重大な選択の前で、私の心はすでに答えを出していた。
ゆっくりと、私は手を伸ばした。
(続く)